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すでに富士山の夏は終わり晴れの日は少なくなる期間であった。この日も山頂は霧が濃く日の出は不十分な状況でしか見られなかった。

 剣ケ峰から時計回り、白山岳方向に山頂部をまわる。旧測候所直下の階段を下り馬の背と逆に峰の岩壁に沿っていったん緩やかにくだる。右側は火口である。馬の背の砂礫で滑りやすい急登を選ばず反時計回りでお鉢巡りをする登山者も少なからずいる。火口と離れ山頂外縁部に向かうと大沢崩れの上部に位置する地点に至る。陽光はかろうじて持続し影富士を望める。

赤石山脈を後景に富士の影が聳える。

 そこに人の影が……気づくのに間があったというか鈍かった。ブロッケン現象だ…腕を動かすと大きな影も膨らむ。それも当然ながら影富士に私自身の影がさらに反映している。……そして大きく淡い赤を外縁に色彩がリングになり私の影を飾っている……。

 

 今年は一月に鹿の角と頭蓋を塩山駅至近の低山の登山道で拾い、今回の最高地点でのブロッケン現象の体験、四半世紀の山歩きを経たうえでの希有な経験が続いた。


 ブロッケン現象……虹のようなリングと一体の現象。この光のリングは光輪と呼称、英語ではグローリーになる。

 この自然現象にいにしえから遭遇した人々が畏敬の念を持たざるを得なかったことは容易に理解できる。

 しかし意外なことに光輪が生じる要因はつい最近まで科学として解明されていなかった。何百年もの難題であったという。

 基本は二〇世紀初めの標準的な光学理論で説明され始め、大気中の水滴により光が回折して生じる現象である。

 一九六五年、H. M. ナッセンツバイク(論文発表時はリオデジャネイロ連邦大学)がブロッケン現象に完全な物理の説明をつけるべく研究プログラムを組織し二〇〇三年についに目的を達した。
(同教授による「グローリーの科学」二〇一二年一月発表)

欄外(翻訳掲載誌『日経サイエンス』二〇一二年四月号「ブロッケン現象の科学」)


 その解答は物理学で最も神秘的な「トンネリング」という効果が関与しているという。

ニュートンが一六七五年に初めて観察し、その研究の延長がパソコンやスマフォのタッチスクリーンの基礎になった。

<光輪の光のエネルギーの大半は「トンネリング」から来ている。水滴に当っていない光がそのエネルギーを水滴に受け渡す不思議な現象だ>。
一九八七年、光の回折に関して新たな考えを提唱
<水滴の外を通過する光線が寄与している可能性、一見これはバカげているように思える。水滴中を通っていない光がいったいどうして水滴に影響を与えられるというのか? しかし波動とりわけ光波には障壁を通り抜ける「トンネリング」という薄気味悪い能力がある>

雲の中の水滴の外側を通過している日光がなんとトンネリングによって水滴の内部を貫きブロッケン現象の光輪を生み出すのに寄与しているという。

「主に効いているのは水滴外部からのトンネリング光の共鳴だ。ブロッケン現象の光輪はマクロ規模で起こる光トンネリング効果によるものであるというのが動かし難い結論だ」


原題名
 

The Science of the Glory


        (
SCIENTIFIC AMERICAN January 2012



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